辻井伸行の実力と評価は?父は産婦人科医で母親は元フリーアナウンサー!

盲目のピアニスト、辻井伸行さんをご存知ですか?

まだ若いのですが、その実力と評価は定評があります。

その他にも、産婦人科医とお父様、美人の元アナウンサーのお母様の事も話題ですね。

そういった話題にも触れながら、辻井伸行さんの素晴らしさをご紹介します。

スポンサーリンク

辻井伸行の実力と評価が凄い!

こちらは辻井伸行さんの弾くショパン作曲の「革命のエチュード」です。

素晴らしい指の運びで、正確なタッチ。

この曲はお聴きのとおり、音楽大学の入試レベル以上の曲です。

はっきり言いまして、目が見えている人でもミスタッチが怖くなるような難しい曲になります。

でも。辻井さんはすらすらと軽快に弾きこなしていますね。

素晴らしいです・・。

これが彼の実力でしょう。

辻井伸行さんのプロフィール

生誕:1988年9月13日

出身地:東京都

学歴:東京音楽大付属校高等学校卒業
   上野学園大学卒業

職業:ピアニスト

世間の評価

では、世間の評価をツイッターで見てみましょう。

皆さま、すっかり辻井伸行さんの演奏に魅了されていますね。

辻井さんが音楽を担当する映画「羊と鋼の森」も話題です。

スポンサーリンク

父は産婦人科医

父親の辻井孝さんは産婦人科医です。

神奈川県出身、帝京大医学部卒で、横浜市でご自身の父親(伸行さんの祖父)と一緒に産婦人科医院を開業しているようです。

お医者様一家ですね。

伸行さんを陰で支えてくれたようで口数は少なく、お母様と比べると厳しく接していたようですが、それが伸行さんにとっては良いバランスだったのでしょう。

それでも、息子の才能を認め、陰で応援していたのだと思います。

お父様なりの愛し方でしょう。

伸行さんが思春期に差し掛かると、同性として接し方に行き詰ってしまい、バトルもありました。

いわゆる反抗期です。

誰でも通る道ですし親子ですから、いつしかわだかまりはなくなり、今でもお父様は息子を応援しています。

スポンサーリンク

母親は元アナウンサー

お母様の辻井いつ子さんは、東京女学館短大を卒業後はフリーアナウンサーとして働いていたようです。

どうりで綺麗ですし、お話もじょうずですよね。
筆者は同性として憧れています。

1986年に孝さんと結婚後、1988年に伸行さんを出産しました。

伸行さんは眼球が成長しない【小眼球】という原因不明の障害を負って生まれ、お母様がどんなに苦しんだかは想像を絶するものでしょう。

でも、そんな中で出会った1冊の本がいつ子さんに元気を与えました。

網膜色素変性という視力障害がある福澤美和さんが書いた「フロックスはわたしの目」というエッセイです。

フロックスはわたしの目 盲導犬と歩んだ十二年 / 福沢 美和

盲導犬のフロックスが彼女の目となって支えてくれるという前向きなお話にいつ子さんは感動し、作者に会いに行ったとか・・・。

とても行動的な方ですね。

その時、いつ子さんは自分自身が伸行さんの目となって支えると決意したそうです。

スポンサーリンク

やがて、伸行さんのピアノの才能に気付いたのもいつ子さん。

伸行さんのレッスンには必ず付き添って先生の演奏を録音して聴かせて、レッスンの注意事項も理解して・・。

いつ子さんも一緒にレッスン受けている感覚だったのでしょう。

本当に二人三脚だったと思います。

やがては東京音大付属高校の川上先生、上野学園大学の横山先生(ピアニストの横山幸雄さん)に師事し、才能を花開かせていった息子をいつ子さんは笑顔で見守りました。

ピティナという子供のピアノコンクールにも伸行さんは、何度か出ています。

筆者はピアノを教えているので、知っていますが、このコンクールはかなりレベルが高いのですが、伸行さんは何度か受賞していますね。

伸行さんは17歳で第15回ショパン国際ピアノコンクール批評家賞を受賞しましたが、それは最年少の記録でした。

そして、20歳で世界で最も権威あるコンクール、ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝。

こちらは日本人初ですから、すばらしいことですね。

こういった実力をつけたのは、本人の努力と才能もありますが、お母様の努力の賜でもあると思います。

スポンサーリンク

ちょっと自慢したい

辻井伸行さんのご紹介は以上ですが、いかがでしたか。

ここで、ちょっとだけですが、自慢させて下さいね。

あれは何年前か忘れましたが、筆者の24歳と25歳の息子たちが3歳位の頃、NHK(当時の教育テレビ)で辻井伸行さんの子供のころの演奏を聴いたのです。

筆者は「すごい。」と思い、鳥肌が立ちました。

それは、子供番組で障がいのあるお友だちと遊ぼうというテーマでした。

伸行さんは「目の見えないお友だち」として紹介され、何人かの子供が辻井家にお邪魔して、伸行さんと遊んだのです。

そして、伸行さんが「僕のたからもの」としてみせてくれたのがグランドピアノ。

曲を弾いてくれ、何の曲だったかは忘れましたが、衝撃的でした。

こんなに弾ける子がいるんだと思いました・・。

子育てでピアノに向かえない日々が続いていた筆者でしたが、ピアノを愛する気持ちを揺さぶってくれたのが、彼の演奏でした。

以来、筆者はまだピアノに向かう日々です。

伸行さん、あのときはありがとうございました、

あれから、ずっと応援しています。

スポンサーリンク