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目次
朝倉未来のプロフィール
本名:朝倉未来(あさくら みくる)
通称:路上の伝説・兄尊師
生年月日:1992年7月15日
出身地:愛知県豊橋市
所属:トライスフォース赤阪
身長:177cm
体重:66kg
階級:フェザー級
朝倉未来の出身中学はどこ?
朝倉未来の出身中学は愛知県豊橋市立高豊中学校です。
どんな学校か調べてみましたが、これといって大きな特徴のない普通の公立中学校。
立地は豊橋市南部で、近くには伊古部海岸があります。
校舎からは、太平洋が見えるというのですから眺めが良さそう。
海岸美化活動がさかんなのも、海の近くだからでしょうね。
高根、豊南、富士見といった3つの小学校の学区が合併しているようです。
中学高校時代の喧嘩伝説をまとめてみた
では、このような平凡な中学校で何があったのかまとめてみました。
因みに、未来選手には同じく格闘家の海(かい)選手という弟がいます。
その兄弟喧嘩は小さい時からすごかったようで、お母さんは困り果てていたよう。
勝つのはもちろん、気性の激しい未来選手の方でした。
海選手は優しく穏やかな性格だったようです。
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先輩に敬語を使わないところから喧嘩が始まった
未来選手によると、小学校まではタメ口だったのに、中学に入ったら、先輩に敬語を使うということになるというギャップに耐えられなかったよう。
先輩に敬語を使わないことから、喧嘩が始まったのです。
でも、弟との喧嘩にも慣れていたし、小さい時から空手で鍛えていた未来選手。
上級生との喧嘩でも1対1なら負けなしの強さを誇っていました。
倒せば倒すほどに強者が出てきて、そのうちに他校の生徒ともやり合うようになったのです。
喧嘩の約束?
喧嘩の約束というか、お誘いもあったようです。
相手から電話があり、「あの神社に集合。」という約束をとりつけられるとか。
こういうお誘いというのも、話で聞くと面白いですが、本人にしてみたら、真剣そのものだったよう。
未来選手は、こういうことがエスカレートして命を懸ける刺激がたまらなくなったそうです。
スリルを楽しんでいたら、いつのまにか命を懸けないと楽しくなくなってしまったと語っています。
50人vs2人の喧嘩から暴走族へ入った
「鉄パイプやヘルメットで殴られて、安全靴で蹴られて、フルボッコにされましたけどね。」と語る未来選手。
どうも最初は50人vs10人だったところが、ほとんどの仲間が逃げてしまい、最終的には50人vs2人になってしまったとか。
その50人には暴走族も含まれていたようです。
その喧嘩で負けたのが悔しかった未来選手は彼らと違う暴走族に入って仕返しをしていきました。
何と、その50人を一人ずつ呼び出してボコボコにしていったそうです。
勝つまでやめない未来選手に相手は引いてしまったよう。
不気味がられていたようだったと未来選手は言っていました。
その当時の不良業界で未来選手は有名だったようです。
確かにそうでしょうね。
ここまでいくともうマンガのような世界です・・。
かっこよすぎます。
高校時代に少年院!
ケンカだけじゃなく、無免許で毎日バイクを乗り回してましたから、マークされてたらしく、ある日、家に帰ったら、四方八方から警官が出て来て、捕まえられました。で、16歳から少年院に1年半入って、出て来てからもちょこちょこ暴れてたんですけど、強くて有名になりすぎてたから、そのうちケンカの相手をしてくれる奴がいなくなり、寂しくなっちゃって……。ちょうどその頃、『THE OUTSIDER』 の存在を知り、じゃあ格闘技の世界で暴れてやるかと思ってジムに通い始めたんですよ。
https://www.excite.co.jp/news/article/Cyzo_201704_post_21626/より
こちらは、インタビューの際の未来選手の言葉。
16歳というと高校生ですね。
たぶん、このことがきっかけで、高校をやめてしまったのかもしれません。
どこの高校だったのかは不明です。
喧嘩の相手がいなくなるくらいに強いって、すごいこと。
インドア派の筆者は目を見張ります。
でも、こんなに熱い魂を持つ未来選手に現在の若者にはない骨太さを見たようです。
今後も弟の海選手と一緒にリングで頑張ってもらいたいと思いました。
まとめ
いかがでしたか。
そのままアニメかドラマか映画にしたいようなエピソードばかりですね。
実際、兄妹をモデルにしたゲームもあります。
興味のある人はやってみてください。
筆者の息子たちも喧嘩大好きでしたが、未来選手には負けるなと思いました。
ここまですごいとは脱帽です!!